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2・現在施工中

藤枝 Y寺様 屋根工事

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今回空撮でもお世話になった藤枝市のY寺様、屋根工事が終わりました。なかなか良い棟の線が出ています。

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建物全体ですが、建ちも低く、奈良のスタイル?といった美しいバランスの建物となりました。美しい設計ですね。

屋根にのっているのは足場板、以前の物より屋根を汚さない作りになっています。

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裏の写真です。位牌堂がまだ無いので良く見る事ができました。

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降り棟です。鬼とのバランスが最高です。最後まで安全に工事できました。お世話になりありがとうございました。

2014年5月24日

磐田市のRP寺様本堂工事

建設会社様のホームページに弊社施工作品瓦写真が掲載されましたので、画像をお借りしました。

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瓦は奈良瓦センターの飛鳥2号を使用鬼は御所形の鬼を使用しています。御所形の鬼は御所や城などの格式の高い建物などに使われる鬼瓦で、中央に家紋などを入れる事ができる鬼瓦です。

隅棟ですが、この勢いある線どんな線かわかりますか? 実はこの曲線、カテナリー曲線といって 円の曲線ではないのです。懸垂線(けんすいせん)とも言い、ロープや電線などの両端を持って垂らしたときにできる曲線なんです。即ち軒先から大棟まで糸を張って徐々に弛ませてできた糸で出来た線で隅棟の線を描いています。この線を方程式で出す事も可能です。

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写真の撮り方が最高にいいですね。簡略ですがかなり本葺きに近いですね、一体型の軒もあるそうですが、弊社では基本的に敷平、唐草、軒巴の3点セットで施工しています。

2014年4月30日

妙相寺様の完成写真

昨年、H25年春に完成し10月に落慶式を行った浜松市西区の妙相寺様の写真が建設会社様ブログにアップされてましたので画像をリンクしました AG5P0835-300x199.jpg

広角の写真美しいですね。天気も良くて最高の写真です。 AG5P0840-300x199.jpg

2014年4月28日

清水区興津 文化財 清見寺山門 改修

現在弊社では、静岡市指定文化財の工事をさせて頂いております。お世話になっております清見寺ですが、本堂、御堂、2005年にい屋根の葺き替え改修工事させて頂いたお寺です。今回は文化財の山門の工事です。現在素屋根をかけ修復工事中です。

seikenji4.jpg清見寺[せいけんじ]は静岡・興津の名刹で、今川氏の人質だった幼少時、家康が教育を受けた徳川ゆかりの寺院でもあります。「清見寺」と揮毫[きごう]する朝鮮王朝からの外交使節団、朝鮮通信使が葛飾北斎の版画に描かれているなど、静岡でも歴史深い。現在、朝鮮王朝が日本に送った「朝鮮通信使」ゆかりの静岡市など15自治体などでつくる協議会は、韓国側と協力し、関連資料の記憶遺産登録を2016年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に申請する。17年の登録を目指している。

山門は、慶安四年(一六五一年)に建築され、屋根は檜皮葺でありましたが、明治二十二年(一八八九年)に現在の瓦葺に改められたそうです。清見寺所蔵の冊子「巨龜山旧雑記」には、山門の設計は、左甚五郎の弟子で、釘を一本も使ってないのが、この山門の特徴であると記されています。
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明治時代の瓦への改修葺き替え工事で、檜皮葺き当時の大棟鬼をそのまま使用した為、今回の平成の改修工事まで屋根の上にのっていたとお思われます。その為写真でもわかりますが、刀根丸と鬼足が勾配が違うため漆喰で調整を施してあるのがよくわかります。

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こちらは留め蓋瓦です、檜皮葺きっだったとすれば明治の時代の作品でしょうか、波が立っているように作られ、建物を火災から守る祈りがこめられています。

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工程では防水紙の上に杉皮、瓦棒 縦桟の順に乾式工法になっております。南蛮は渡辺建材のカルAを選定いたしました。

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発見された鬼瓦のへら書き 慶安四年となっています。慶安四年ですから1652年です、今から362年前です。江戸幕府徳川家光の時代です。瓦の耐久性はすごいですね、今回縁あって弊社で鬼瓦も復元させていただく事になりました。

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復元前の鬼 目の玉の位置に特徴があります。現在復元中ですので後日その後はレポートしたいと思います。

2014年3月13日

大橋景月師匠の作品見つかる。

先日沼津市でお世話になった、住宅の日本瓦葺き替え工事現場で先代師匠である大橋景月師の作品が偶然みつかりました。

お客様には、今回の葺き替え工事で鬼瓦も新しい物に交換と当初なっておりましたが、大棟の鬼が大変良くできていた為、修復し再利用をお勧めしたところ

こちらの提案を受け入れて頂きました。

実は修復作業に入った際に、鬼瓦の脳天部分に刻印を発見、先代師匠の作品である事が判明いたしました。

弊社といたしましても大橋の作品が後世に伝えられるのは大変嬉しく思います。

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鬢付(ビン付)鬼の形状です。掘りが深く大橋らしいい作品です。

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刻印が清水カネキ鬼誠とありました。間違えなく大橋先生の作品です。およそ40年~50年前の作品かと思います。

昔は、今と違い一般住宅でも鬼瓦に刻印やへら書きをいれていました。今回瓦工事をさせて頂いたお施主さまありがとうございました。

seicyan.jpg大橋誠一 景月(号)

勲七等青色桐葉章受賞

経歴

明治36年   3月23日静岡県安倍郡有度村渋川に生れる。
大正4年   カネキ瓦 渡辺金左工門本店(細工部)渡辺万太郎氏の弟子と成る。九年間。
大正12年  鬼板師となる。師のもとで鬼瓦の製造に専念
大正13年  東京芝増上寺五重の塔仕用の鬼面鬼瓦の復元をする。(戦災消失)

昭和7年  工学博士中村真先生の指導のもとで修善寺新井旅館天平風呂の古代鬼面の製作に入る
昭和8年  中村先生 急逝。
       後任 安田 靫彦(やすだ ゆきひこ)の指導により天平風呂鬼瓦、其の他軒巴等の製作に入る。
昭和9年  神奈川県大磯町の安田先生別宅に参上.古代鬼面の添削を願い直接作品の教導を賃ける。
       其の問二年余.
       新井旅館本館、修善寺大客殿、開山堂.宝物殿、観音堂、仙台の。ハークホテルの近代鬼瓦等数多製作.古代・近代の鬼面獣面鬼の彫刻の技法に研究意欲が湧く。
昭和11年 カネキ第二工場転勤 渡辺忠一氏、渡辺孝氏の指導で社寺用鬼瓦の製作に入る。其の問二年余月。
昭和13年 カネキ瓦本店 細工部に帰る。鬼瓦の製作に専念。
昭和41年 カネキ瓦第三工場に転勤 清水市江尻台町渡辺武雄氏と共に古代.近代鬼面の製作を本格的にはじめる。
       なお菊池安治氏(現・菊池建設株式会社)の近代数寄屋の屋根に数多くの鬼面獣面文様の鬼瓦の構図及び製作をする。
       現在の丸西瓦渡辺商店、鬼瓦工房.
昭和45年 菊池安治氏に認められ一般住宅用の古代鬼面の製作を始める。
昭和42年 この頃より仏像の彫刻もはじめる。
昭和49年 千葉中山日蓮宗大本山 正中山法華経寺大荒行堂 読経堂、水行堂又 東京雲善寺の古代鬼面と.数多く社寺用鬼瓦を製作する.
昭和53年 菊池安治氏巣京進出と同時に近代数寄屋の鬼瓦の製作をする.千葉我孫子市菅谷邸、日野市の日野邸、武蔵村山の峯岸邸と数多くの古代.近代鬼面獣面の製作をする。

昭和62年 勲七等青色桐葉章受賞