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2・現在施工中

2011年1月13日

久能山東照宮国宝に

2006年にお世話になった久能山東照宮が国宝になりました。静岡県民として大変ありがたい事です。弊社は2006年に神厩(うまや)の屋根の葺き替えを担当、古い瓦をおろし、寒い中一枚一枚手洗いしたのが、印象に残っておりました。

ss_image_1.jpg 由来
東照宮の御祭神である徳川家康公は天文11年(西暦1542年)12月26日、三河国(現在の愛知県)の岡崎城でお生まれになりました。時は戦国時代、ご幼少のころより人質のご身分であった家康公はあらゆる艱難辛苦を跳ね除け、遂には天下を統一し征夷大将軍の座に就かれました。戦国時代の混乱は家康公の治世によってたちまち回復し、あるゆる産業、学問、文化が花開いた「太平の世」が始まったのです。

晩年を駿河国(現在の静岡県)駿府城で過ごされた家康公は、元和2年(1616年)4月17日に75年の生涯を結ばれました。亡くなる直前、余命いくばくもないことを悟られた家康公は家臣たちに「遺骸は久能山に埋葬すること」を遺命として託されました。ご遺命の通りに遺骸はただちに久能山に遷され、二代将軍徳川秀忠公は久能山に徳川家康公を祀る神社を造営することを命じました。大工棟梁には中井正清が選ばれ同年5月に着工、1年7ヶ月の期間で建てられたのが久能山東照宮です。

社殿は当時最高の建築技術・芸術が結集された「権現造」の様式で、日光東照宮を始め全国に多数造営された東照宮は久能山東照宮が原型とされました。また、棟梁を担当した中井正清はその生涯で名古屋城(国指定特別史跡)・仁和寺(重要文化財)・二条城(国宝、世界文化遺産)など現在にも残る重要な建造物を手がけましたが、久能山東照宮は中井正清の晩年の傑作であるという評価から、平成22年に国宝に指定されることが決まりました。
 

 写真・記事 久能山東照宮ホームページより

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 2006年当時の工事の時のブログ記事です。

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御世話になっております。神谷瓦店よりご紹介いただき、三○住○建設様と共に静岡県静岡市の久能山東照宮(重要文化財)神厩(うまや)の工事に御世話になっております。現在屋根より瓦を下ろして瓦を水で一枚一枚洗っております。

2010年12月25日

軒唐破風 R寺(浜松市)

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浜松市にあるR寺です。お世話になりました。こちらのお寺さんの特徴は軒唐破風といって特徴のある形をしています。

よく見かける大唐破風とは違い軒先唐破風は大屋根の裳階(もこし)の庇線に付ける破風造りです。通常の唐破風より清楚な曲線で納まります。軒唐破風はお城や山車でも使われますが、有名なところでは奈良の東大寺、大仏殿などでも軒唐破風の様なデザインがみられます。

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美しく仕上げた隅棟 もちろん鳥居積み 工法です。

のし瓦に透き間がありますが、大工さんが創った隅棟の素晴らしい振れ隅を生かす為、ついじで流線を生かした工法にしまた。

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こちらは本唐破風。

白木の美しい色といぶし瓦がマッチしています。

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瓦は簡略式本葺瓦(奈良瓦センター)を使用し完成しました。

2010年11月16日

日本ミツバチ

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現在屋根の葺き替え工事をさせて頂いている。A寺です。屋根の上に仮設屋根があり雨の日でも問題なく作業できます。

今日は日本ミツバチが鬼瓦から出てきました。鬼瓦の裏の隙間に巣をつくっていたみたいです。

職人さん達は刺されないように巣を取り出しまして蜂蜜を頂いてみましたが、鬼瓦の中の蜂蜜絶品でした。ローヤルゼリーもありました

日本ではニホンミツバチ、セイヨウミツバチの2種が飼育(養蜂)され蜜の採取が行われている。また作物受粉にも広く用いられるが、トマトピーマンなどのナス科果菜類は蜜を出さず特殊な振動採粉を行うためミツバチではなくマルハナバチ(ミツバチ科マルハナバチ属)が使われる。 セイヨウミツバチの養蜂においては規格化された巣箱を用いて大規模な採蜜が行われるが、ニホンミツバチの場合は野生集団を捕獲して飼育し採蜜の際は巣を破壊して搾り取ると言う伝統的な手法が主であり蜂蜜の流通量も少ない。 Wikipediaより 

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2010年9月21日

カワラマンの瓦

縁あって、淡路島のカワラマン山田脩二さんの瓦を某掛川市のK組さんの元、葺く仕事をやらさせて頂きました。

F0309.jpg今回初めてお仕事させて頂きました。本当にありがとうございました。現場監督さんの温かく鋭い目線での現場管理は、素晴らしく、まだまだ勉強しなくてはいけないなと思う現場でした。これが本当の現場の監督なんだと実感されました。

山田さんは、フリーのカメラマンから、手づくりで瓦を製造する瓦マンになったという珍しい経歴の方であります。

実は弊社にも元カメラマンの瓦葺き師がおりまして・・なんかご縁があるのかな?!

風合いのあるいDSCF0310.jpgぶしの瓦は、落ち着きますね。今の瓦は工業製品に近くなってきましたので、風合いといった部分では、山田脩二さんの瓦は、味ががありますね。淡路瓦特有のはけ土のやわらかいいぶし銀色が瓦1枚1枚に表情を出しています、そこが、味(風合い)の出るポイントだと思います。

まだ外壁が防水シートで覆われておりますが、瓦だけ見ても非常に美しいです。こんな立派なお宅に住めるお施主様がうらやましです。

この瓦を仕様書に入れた建築家の小澤義一さんもなかなかこだわった建築家の方です。このような瓦を扱えて非常にうれしく思っております。

今後も日本の伝統の瓦屋根を残していきたいと思います。

2010年7月31日

藤枝のMA寺の改修工事

藤枝市にMA寺で唐破風屋根の改修工事にお世話になりました。DSC02967.jpgこちらの本道には唐破風があります。この唐破風と本道との取り合い部分に永い年月による経年変化の改修箇所があったため、藤枝市にある社寺の建築のTs工務店さんの元修理させていただきました。また梅雨のなか工程管理や予算管理など、的確に行う姿を拝見させて頂いて現場監督さんも大変なお仕事だなと思いました。
今回の工事は写真にある谷樋部分などに腐食していた箇所があった様で、谷部分、唐破風を一度解体し、新たに新しい谷などを新設します。
 下写真のように雨が入った様な後が残っDSC02977.jpgています。宮大工さんが交換します。                              いぶし銀は美しいですね!さて唐破風は、日本特有の形式で、切妻のむくり屋根の先に曲線を連ねた形状の破風板が付けられています。古いものは勾配が緩やかで、新しいものは勾配が急になり平安時代には既に同様のものがあったと考えられております。
現存する最古のものと考えられているものでは、石上神宮(奈良県)の摂社出雲建雄神社の拝殿(鎌倉時代)のものなどがあり城郭建築や、近世の寺院などで多く見られ、装飾性があります。邸宅や役所の玄関としてつけられることもあり、首里城正殿の通称「からふぁーふ」は正面玄関に唐破風が付けられていることから由来しています。
唐破風には向唐破風と軒唐破風の2つの形式があり 向唐破風(むこうからはふ)は、出窓のように独立して葺き下ろしの屋根の上に千鳥破風のようにして造られるそうです。WikipediaよりDSC03226.jpg
 
宮大工さんが破風板を納めております。破風は現寸図によって予め加工されておりました。現場での作業は納めるのみですが素晴らしい技術です。
 
 
 
 
 
 
DSCF0078.jpg唐破風の曲線部分は雛壇式に加工してもらいました。雛壇式にする事によってルーフィングの収まりや掛け瓦の勾配調整が容易になります。
 
 
 
 
 
 
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谷樋は銅板からステンレスに板金屋さんが入れてくれました。
近年酸性雨の影響で銅板に穴が開いて雨漏りする現象が多数見受けられます。昔よりかなり雨の酸がひどいのでしょか?酸性雨の主成分は主に硫酸イオン(SO42-)、硝酸イオン(NO3-)及び塩素イオン(Cl-)であるらしく、およそ4:2:1の割合で存在しているようです。
 
 
 
 
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