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2014年4月 アーカイブ

2014年4月30日

妙相寺様の完成写真

昨年、H25年春に完成し10月に落慶式を行った浜松市西区の妙相寺様の写真が建設会社様ブログにアップされてましたので画像をリンクしました AG5P0835-300x199.jpg

広角の写真美しいですね。天気も良くて最高の写真です。 AG5P0840-300x199.jpg

2014年4月28日

清水区興津 文化財 清見寺山門 改修

現在弊社では、静岡市指定文化財の工事をさせて頂いております。お世話になっております清見寺ですが、本堂、御堂、2005年にい屋根の葺き替え改修工事させて頂いたお寺です。今回は文化財の山門の工事です。現在素屋根をかけ修復工事中です。

seikenji4.jpg清見寺[せいけんじ]は静岡・興津の名刹で、今川氏の人質だった幼少時、家康が教育を受けた徳川ゆかりの寺院でもあります。「清見寺」と揮毫[きごう]する朝鮮王朝からの外交使節団、朝鮮通信使が葛飾北斎の版画に描かれているなど、静岡でも歴史深い。現在、朝鮮王朝が日本に送った「朝鮮通信使」ゆかりの静岡市など15自治体などでつくる協議会は、韓国側と協力し、関連資料の記憶遺産登録を2016年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に申請する。17年の登録を目指している。

山門は、慶安四年(一六五一年)に建築され、屋根は檜皮葺でありましたが、明治二十二年(一八八九年)に現在の瓦葺に改められたそうです。清見寺所蔵の冊子「巨龜山旧雑記」には、山門の設計は、左甚五郎の弟子で、釘を一本も使ってないのが、この山門の特徴であると記されています。
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明治時代の瓦への改修葺き替え工事で、檜皮葺き当時の大棟鬼をそのまま使用した為、今回の平成の改修工事まで屋根の上にのっていたとお思われます。その為写真でもわかりますが、刀根丸と鬼足が勾配が違うため漆喰で調整を施してあるのがよくわかります。

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こちらは留め蓋瓦です、檜皮葺きっだったとすれば明治の時代の作品でしょうか、波が立っているように作られ、建物を火災から守る祈りがこめられています。

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工程では防水紙の上に杉皮、瓦棒 縦桟の順に乾式工法になっております。南蛮は渡辺建材のカルAを選定いたしました。

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発見された鬼瓦のへら書き 慶安四年となっています。慶安四年ですから1652年です、今から362年前です。江戸幕府徳川家光の時代です。瓦の耐久性はすごいですね、今回縁あって弊社で鬼瓦も復元させていただく事になりました。

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復元前の鬼 目の玉の位置に特徴があります。現在復元中ですので後日その後はレポートしたいと思います。

2014年4月17日

秋川雅史チャリティコンサート

昨日、㈱キノシタ様の38周年記念秋川雅史チャリティコンサートに行ってきました。ふと忙しい日々を忘れてしまうような心安らぐコンサートでした。

セラピードッグ達にも会え少しですが勉強になりました。

木下様、ありがとうございました。

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2014年4月 9日

京都東本願寺阿弥陀堂修復工事見学

静岡の建設会社さまと研修の為、京都東本願寺の瓦工事の様子を見学させて頂きました。_MG_4023.jpg

この素屋根の中に阿弥陀堂があります。隣が御影堂(ごえいどう)です。見学させて頂いた東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山です。 御影堂、大きい建物ですね日本国内で現在残っている御堂で1番大きいとか、1895(明治28)年再建と歴史は浅い御堂だが、大きさは横41間と桁違いに大きい。こちらは2004年頃改修工事を行い終了後素屋根をそのまま阿弥陀堂にスライドしています。そして今回の見学は隣の阿弥陀堂です。

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今回案内して頂いた参拝接待所の僧侶の方 親切にありがとうございました。

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内部の様子、建物が大きいので職人さんが小さくみえます。素丸も七寸ほどあると思いますが小さく見えますね。

_MG_3966.jpg巴だと思いますが通常のサイズより二寸大きいです。この修復工事ですが、案内によると宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌の特別記念事業として修復されているそうです。屋根を修復するのは建築後初めてだとか・・瓦工事に携わってるのは、株式会社 寺本甚兵衛製瓦 山本瓦工業株式会社さんとの共同企業体。なかでも山本清一さんは瓦業界でも選定保存技術者で有名な方です。東本願寺出入りの瓦屋さんなのですね。隅棟 化粧棟にも芯束を入れているのがわかります。棟に束を入れることによって地震などの揺れに強くなります。最先端をいってます。棟の積み方は鳥居工法で作業してますね、

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一段目のはだのし瓦が、美しいですね、糸たるみ線、カテナリー曲線とも言います。こちらのサイトに詳しく掲載されておりました。
わかりますか?軒先にお寺の名前が刻まれています。しかも隅棟に近づくつれて、屋根は曲がっても文字は真っ直ぐ下へむけて刻まれています。これは、探り工法といって予め現寸を取りそれを元に瓦を制作する技法です。
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こちらは蓑甲部分の探り工法
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大棟の断面です。これで防水検査を事前にされたそうです。良く見ると葺き土が土ですが、実際は南蛮漆喰だとおもいます。
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妻側の足場大きいですね。
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駿府城坤櫓の完成記念式典

昨年より屋根の施工でお世話になっていた、静岡市の駿府城公園の中にある坤櫓が、全て完成し4月2日に行われてた完成記念式典に参加させて頂きました。オランダ駐日大使なども参加されていました。

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天気も良く式典日和となりました。写真もきれいに写ります。

P1060171.jpg 案内看板がありましたので受付に向かいます。

写真中央 駿府公園を駿府城公園に変えて頂いた田辺 信宏(たなべ のぶひろ)市長

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工事関係者や議員さんなど、かなりの出席者でした。ゲストにはお侍さんもおりましたよ。

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くす球を割って中に入れます。白壁が美しいくまぶしいです

静岡の駿府城公園は市街地にあるため櫓などの建造物は公園の内側から撮影するとビルなどが高い為写真に写りこんでしまうのが残念ですね。

静岡市の公園整備も、長い年月がかかってますが一歩一歩完成に近くなってきてますね、計画では清水御門も復元の計画に入っていたかと思います。今後の動きが楽しみです。

宮大工の棟梁(藤田社寺)さんともお話させていただきました。この櫓は跳ね木などが無い構造なので社寺と違い屋根のてりの線を出すのが大変だったとの事でした・・いつも手掛けている神社仏閣の工事と小屋組が違うので、いろんな意味で城は難しいですね。

いよいよ内部に入場致します。基本的に瓦屋は工事の際中に入る必要が無いので今回が初めてです。

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その前に、今回瓦工事の幹事会社様でございます、全日本瓦工事業連盟 アスカ工業㈱(東京都)山田 勝雄会長様と記念撮影させて頂きました。瓦工事大変お世話になりありがとうございました。

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設計士 建築文化研究所の八木先生とも後挨拶させて頂きました。この駿府城二ノ丸坤櫓ですが平成23年度より着手し約3年の工期で平成26年4月完成となりました。坤櫓は、1854年(安政元年)の地震により崩壊し、実に160年ぶりのお目見えとなるのです。

今回の式典には、オランダ王国のラーディンク・ファン・フォレンホーヴェン特命全権大使もお越しになり、今から400年ほど前、家康公がここ駿府城にて発行した朱印状の複製を、友好の証として静岡市に寄贈されていました。

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右写真(静岡市ホームページより引用) 静岡市とオランダの歴史は長く、慶長三年(1598)にオランダ船リーフデ号が豊後(大分県)臼杵に漂着した時、生存者の一人であるウィリアム・アダムス(三浦按針)が慶長5年(1600)大阪で家康と面会し、後に、三浦按針として優遇されることとなりました。

生存者は帰国後、家康公が交易を望んでいることを報告した為、これを受けた国王が親書を持たせ駿府城に特使を派遣をした。オランダからの特使の船は慶長14年に平戸に入港し、同年7月駿府城の家康公を訪問し、特使の訪問を受け家康公は、慶長14年7月(1609)、オランダに対し朱印状を贈り、船の着岸の許可と長崎出島に商館を設けることとを許可。以降、幕末まで出島で交易を行ったとされている。(参考文献「駿府旅行記」)

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4月2日のテレビの取材です。